平成11年、生産者には待ちに待った新しい農業・農村基本法が制定された。今まで生産さえすれば良かった農業の大転換である。国を守る政治家達は、農業者は従来のように生産する事だけに留めておき、世界各国から輸出入の圧力がかかった時だけ少しずつ、相手国の条件をのむようにしていけば生産者にも、経済界にも、さらに、相手国にも顔が立ち、WTOやアメリカ、オーストラリア等自由貿易協定(FTA)による厳しい圧力から逃れると考えていた。そんな浅はかな考えは、長いこと続くわけがなく、農畜産物の自由化の波に耐えることが出来なくなってしまった。
苦肉の策として出されたのが今回の改革である。日本農業は、生産と付加価値、そして、多面的役割。農業は生産だけでなく、水田の水も棚田も畑や牧草、酪農も全てが環境保全に繋がっている。これらを維持するために農業はある。この主張は農業者を勇気づけてくれ、珍しく日本の農政としてはヒットであった。我々は、そんな時代が必ずくると信じ、諦めずに取り組んできた。
「自ら生産したものを自ら加工し、自ら販売する」。休耕減反が始まったとき米に変わる作物を模索し集約した農業を目指し、それを加工すると付加価値がつき価格維持が出来る。後継者である若者達と夜遅くまで勉強した事がようやく認められたのである。「加工しても、お金になるわけでない。大企業に潰される。いい加減にしておけば」とか「それよりも収量があがる方法を考える事が必要では」など冷めた目で見られた。反骨精神で歯を食いしばって辛抱したからこそ、今の時代に対応できるのだと思う。
自分達が安心して食べて行くには何があるか、議論し新しいものに次から次へと挑戦した。前述した農畜産物の加工は勿論のこと、農業や農村に関わる事はすべて取り組んだ。嬉しかったのは、我々の活動が本気である事を地域の人達に認められるようになり、老人や専門家が後押しをしてくれるようになったことである。農業や農村には素晴らしい歴史と文化がある。「これを売り出せば必ず儲かる。農業を都会の人達に理解して貰おう」経済の発展と共に機械化され洋風化された世界は、すっかり様変わりして、農業農村の良さを忘れていたのである。昭和50年代に入り、いち早くそのことに気付き、日中は農作業。夜は神楽や獅子舞。太鼓に踊り。凧やだるま作り。その地域独特の「食」など。あるとあらゆるものが蘇った。
もっと素晴らしかったことは、学んだ歴史と文化を知っている人が知らない人に教えたことである。私の教えた高校生は老人から学んだ郷土芸能を小学生や中学生に教え、その伝統を受け継いだ事である。そのことが自信になりどんなに厳しい農業でもやれば出来ると現在でも立派に農業経営を行い余暇活用して教育ファームやグリーンツーリズム、小学生農業体験など付加価値農業に取り組んでいる。
農業は単なる生産だけでなく、気候風土、環境保全と公園化、安心・安全等々魅力が山ほどある。これをやるかやらないかは人である。最も大切な人と人の繋がりが、これからの農業農村を担っていく。
NPO法人 農業塾風のがっこう
http://www.kaze-school.com/


