第11回 【エゾスジグロシロチョウ】

エゾスジグロシロチョウ

 

 10匹以上のエゾスジグロシロチョウが、土の露出した地面に集まり、染み出た水を吸っていた。写真はその一部だが、あちこちに似たような数の集団ができている。これは不思議な光景に思えた。

 周りはどこでも同じように水を吸えるというのに、蝶は必ず群れるのだ。後からやってきた蝶も、必ず群れの脇に降りて、ちょこちょこと歩いて割り込んでくる。やっぱり仲間と一緒がいいのかな~などと勝手な想像をしてみるが、この集団吸水の真相を、私はその後知ることとなる。

 ある雑誌の取材で台湾を訪れた。歴史遺産や名産品などと共に、取材対象には台湾の蝶も含まれていた。台湾は世界有数の蝶の宝庫。中でも、本島中央に位置する埔里(プーリー)は台湾一の蝶の産地として知られている。この町には有名な昆虫博物館があり、その館長で昆虫研究家でもある70歳代のYさんに、生息地を案内してもらうこととなった。

 市街地からほど近い沢沿いの林道に入り込むといきなり、蝶が群舞している光景が現れた。ざっと数えて100匹以上いる。一度にこんな数の蝶を見たことはない。まさに蝶の楽園だ。

 しかし事件は起こった。いつの間にか捕虫網を取り出したYさんは、ササッと網を振り、数匹のウスムラサキシロチョウを捕まえると、指で1匹ずつつその胸部をつぶして殺し、パッパッパッと地面に撒いたのだ。えっ、何、何、何をするんだっ?!・・・と尋ねる間もなく、もう1回繰り返す。その一連の動きがあまりに鮮やか(表現としては不適切だが)で、あっけにとられるほどだ。そして地面には、10匹ほどの無惨な死骸が散らばった。

 こんなことは頼んでいない。これはどういうことなのか。「こうすると蝶が集まってくるんですよ」 私の勢いに戸惑いつつ、Yさんは答えた。

 はたして・・・、上空を舞っていた同種の蝶たちが、次々と死骸の周りに舞い降りてくるではないか。そして口吻を伸ばし、地面から水を吸い始めた。

 蝶たちは視覚的に見つけた地面の死骸を、吸水している仲間と思い、集まってきたのである。そこには水があり、安全であるという判断なのだろう。結果、集団が生まれることとなる。蝶の行動は大部分を視覚に頼っているといわれるが、そのことが良く理解できた。もし臭覚や触覚で水を探すなら、このように同種が集まることはないはずだ。

 案内人の驚くべき行動で図らずも蝶の生態を知ることとなったが、もうひとつ知ったのは、蝶に関わる人間たちの生態だ。Yさんは日本の蝶の研究者や愛好家たちとも交流があり、台湾を訪れる彼らの案内などもしているという。その度にいつもこうして蝶を集め、彼らを満足させていたのだろう。このため私にも、同様の"サービス"をしてくれたわけだ。

 生き物を解剖したり標本にすることは、あるレベルの生態研究には欠かせない。しかし、蝶が好きなはずの人たちが、あまりに平気でそれを殺すという思考と行動の回路を私は理解できない。蝶は単に、研究材料や標本の素材でしかないのか。集団吸水の秘密が明らかになったと同時に生まれた、新たな疑問である。

 話がすっかり本題から逸れてしまったのでこの辺で戻しつつ、疑問ついでにもうひとつ。吸水集団の最初の一匹となる蝶は、どうやってその場に降りるのか。他の個体と比べて特別に勇敢なのか。そのような個体差が同種の中であるのかないのか。次はそれを解明してみたい。

撮影地:上士幌町ぬかびら  7月

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