1983年元旦、早朝5時に1人で明治神宮に行った親方(故・中川一郎代議士)は、帰宅後、貞子夫人に「俺は今日から神様になった」と話したそうです。この日は午前11時頃に、東京在住の秘書グループが親方の家に集まって来ていましたが、みんな「(親方は)相当弱ってきているな」と口を揃えて言いました。
そして事件が起きたのは元旦夜です。親方は自宅の奥座敷に鈴木(宗男代議士)を呼び出したのです。
親方と鈴木は部屋に2人っきりとなったのですが、実はこの時、2人の言い争いを耳をそばだて聞いている人間がほかに2人いたのです。1人は、中川邸にいつも出入りしている新聞記者。隣の部屋で親方と酒を飲むのを待っていたのです。そしてもう1人は、廊下にいた貞子未亡人です。
親方は「総裁予備選で集めた資金のうち、7億7000万円が残っている」と話していましたが、この時、金庫番の鈴木は親方に「金は一銭も残っていない。借金だけが残った。私を参院選に出してくれないのなら、金の実態を世間にバラしますよ」と迫ったのです。
堪忍袋の緒が切れた親方は、「よくもこの俺を裏切ってくれたな」と涙をボロボロ流しながら、鈴木の頭を2、30発殴ったというのです。
隣の部屋にいた新聞記者は「変な音がするな」と怪訝に思い、ふすまを開けたら、鈴木が殴られていたので、すぐにふすまを閉め、貞子夫人にあいさつをして帰った、と後日、私に話してくれました。
貞子未亡人も「鈴木は謝ることもなく、反抗的な態度だった」と話しています。
顔もごつければ、体もごつい親方ですが、心根のやさしい親方が、手を上げるのは相当のことだったと思います。
以下、Part6。
■上草義輝(うえくさ・よしてる)■ 1939年、北海道留萌市生まれ。早稲田大学政経学部卒。在学中の61年から自民党副総裁大野伴睦の私設秘書。この時、公設秘書を務めていたのが中川一郎氏。71年から中川一郎代議士秘書。衆院当選5回。北海道開発政務次官、衆院逓信常任委員長、自民党副幹事長などを歴任。
写真・鈴木宗男代議士

