第1部 金正日の出生の秘密を暴く
白頭山密営での誕生神話(その2)
金貞淑の写真とイラスト。写真の金貞淑(左)と1997年に北朝鮮で発行された伝記『朝鮮の母、金正淑女』に掲載されているイラスト化された金貞淑(右)。左の写真の撮影年は不明だが、朝鮮解放後に撮影されたものであり、金貞淑が30歳前後のときと推測される
金正日が満40歳になるという前日の1982年2月15日、朝鮮労働党機関紙『労働新聞』は、「金正日同志に朝鮮民主主義人民共和国英雄称号を授与することについて」という中央人民委員会の政令を掲載した。
「金正日同志は、抗日の血のにじむ闘争の日、白頭山の密営で誕生し、革命の峻厳な試練を体験して成長、早くから主体の革命偉業を最後まで遂行する大きな志を抱いて、革命活動を開始し、党と革命、祖国と人民の前に不滅の功績を積み上げた」
政令に述べられている授与理由のなかで、金正日の生誕地が中朝国境に聳える白頭山の密営(アジト)であることが、初めて公表された。それまでは、金正日の出生地はソ連という噂は囁かれていたものの、具体的な状況は不明だった。しかし、1982年以降今日まで、北朝鮮では金正日の出生地は白頭山麓とされ、金日成も回顧録では真実に目をつぶり、捏造された公式見解に従ったのだった。
今や、金正日の後継者問題が取り沙汰される時代であるが、金日成の後継者となった長男誕生の真相は、依然として解明されていない。
私は金正日の生誕神話を暴き、その生い立ちを確認するため、過去15年間、北朝鮮、韓国、中国、旧ソ連・ロシアを訪れ、また欧州まで足を伸ばして関係者に会い、各地で貴重な証言や1次資料を入手してきた。そして、入手した史料などを基に、金正日誕生の経緯について最新情報を加えながら、これまでそのつど書き直してきた〔『金日成の真実』(毎日新聞社、1993年)、『金正日・北朝鮮、権力の実像』(時事通信社、1995年)、『北朝鮮解体新書』(小学館、1997年)などを参照〕。
しかし、金日成自身が金正日の誕生について書いた『世紀とともに』第8巻が、1998年に出版されて以後、私はその記述を詳細に検討する時間を見つけることができなかった。金日成の回顧録を読み解くためには、1930年代の中国共産党抗日バルチザンの組織や構成員、また、満洲の地理などの知識がなければ困難であるが、ようやくその検証を終えることができた。
金日成の回顧録(最終的な公式伝記)である『世紀とともに』の記述は、年代を追っているような体裁をとられ、基本的には金日成の回想を忠実に反映しているように思われる。しかし、回想自体が捏造や誇張である場合も多く、また、ゴースト・ライターや編集者たちが、年代や場所を特定しないで回想を挿入するような形で、他の歴史的真実を剽窃したり、「首領さま」の言行録に他の歴史的事実を混入して、真実を覆い隠すような編集努力がなされている。
こうした点に留意しながら、『世紀とともに』の記述を中心にして、中国や旧ソ連の史料、日本植民地時代の文献や旧満洲国官憲の機密報告、金日成の部下や漢人隊員たちの証言などによって、事実を検証しながら金正日誕生の真相を明らかにしたいと思う。
金正日出生の秘密を明らかにするためには、金日成に従っていた抗日パルチザン活動を展開していた金正日の生母である金正淑の行動、特に金日成とともにソ連に脱出した経緯を詳細に検討しなければならない。そのためにも先ず、あまり知られていない金貞淑の生涯を概観し、金日成との間に金正日が産まれるまでの軌跡を詳細に紹介することにしよう。(文・惠谷治)
(つづく)
[第1回]白頭山密営での誕生神話(その1)
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/01/post-25.html
[第2回]白頭山密営での誕生神話(その2)
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/01/post-26.html
[第3回]『金日成伝』のなかの生母・金貞淑
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/01/post-27.html
[第4回]母は孤児となり遊撃根拠地に移動
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/01/post-28.html
[第5回]父・金日成と母・金貞淑の出会い
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/01/post-29.html
[第6回]生母・金貞淑のパルチザン部隊入隊(その1)
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/01/post-30.html
[第7回]生母・金貞淑のパルチザン部隊入隊(その2)
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/01/post-31.html
[第8回]生母・金貞淑のパルチザン部隊入隊(その3)
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/01/post-32.html
[第9回]射撃名手とされている金貞淑
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/01/post-33.html
[第10回]3人のジョンスギ(貞淑たち)
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/01/post-34.html
[第11回]地下工作員として任務遂行(その1)
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/01/post-35.html
[第12回]地下工作員として任務遂行(その2)
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/02/post-36.html
[第13回]金日成が金貞淑に与えた金の指輪
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/02/post-37.html
[第14回]「苦難の行軍」に参加した金正日の母
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/02/post-38.html
[第15回]青峰密営での「歯磨き粉毒薬事件」
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/02/post-39.html
[第16回]炊事隊員としての本領を発揮
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/02/post-40.html
[第17回]朝鮮国内で樹木にスローガンを刻む
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/02/post-41.html
[第18回]物資調達のための劉通事誘拐事件
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/02/post-42.html
[第19回]関東軍による治安粛正特別工作
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/02/post-43.html
[第20回]地理的地帯を彷徨する金日成部隊
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/02/post-44.html
[第21回]満洲における金日成の最後の戦闘
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/03/post-45.html
[第22回]ポルノグラフィを散布した関東軍
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/03/post-46.html
[第23回]団(連隊)制をやめ「中隊制」に再編
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/03/post-47.html
[第24回]小部隊活動に変更と告げた小哈爾巴嶺会議
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/03/post-48.html
[第25回]捏造された金日成の魏拯民病気見舞い
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/03/post-49.html
[第26回]コミンテルンからの連絡という創作
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/03/post-50.html
[第27回]独断でソ連領への逃避行を開始
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/03/post-52.html
[第28回]金貞淑とともにソ連に脱出した女性隊員
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/03/post-53.html
[第29回]ソ連への逃避行の途上であげた結婚式
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/03/post-54.html
[第30回]ソ満国境で赤軍に拘束された金日成
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/03/post-55.html
[第31回]新婚夫婦はいつ入ソしたのか(その1)
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/04/post-56.html
[第32回]新婚夫婦はいつ入ソしたのか(その2)
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/04/post-57.html
[第33回]新婚夫婦はいつ入ソしたのか(その3)
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/04/post-58.html
[第34回]新婚夫婦はいつ入ソしたのか(その4)
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/04/post-59.html
[第35回]金日成夫婦に長女がいたという証言
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/04/post-51.html
[第36回]蛤蟆塘(ハマタン)にあった南野営
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/04/post-60.html
[第37回]南野営での記念写真(その1)
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/04/post-61.html
[第38回]南野営で撮影された記念写真(その2)
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/04/post-62.html
[第39回]金日成が率いる第1支隊の満洲越境出撃
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/04/post-63.html
[第40回]北野営に創設された「第88特別旅団」
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/04/post-64.html
[第41回]手記内容を訂正した"金正日の乳母"
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/05/post-65.html
[第42回]弟の出産と混同したハバロフスク誕生説
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/05/post-66.html
[第43回]金貞淑は「過期妊娠」で出産したのか
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/05/post-67.html
[第44回]1941年2月に南野営で出産した金貞淑
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/05/post-68.html
[第45回]1974年の「出生33周年祝賀電文発送運動」
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/05/post-69.html
[第46回]中国における金日成研究の第一人者の証言
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/05/post-71.html
[第47回]遂に暴かれた金正日出生の秘密
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/05/post-72.html
[第48回]追記
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/05/post-73.html

