独裁者の秘密を徹底検証 ドキュメンタリー金正日 第23回

第1部 金正日の出生の秘密を暴く

第2章 ソ連逃避行の途上で父母は電撃結婚

団(連隊)制をやめ「中隊制」に再編

 

遊撃根拠地を巡視する第1路軍の魏拯民副総司令

遊撃根拠地を巡視する第1路軍の魏拯民副総司令。野副討伐隊が作成した『3省治安粛正工作記念写真帳』に掲載された写真には、「幕舎を巡視する第1路軍幹部、魏拯民、徐哲(昭和十四年秋に共匪が撮影せるもの)」と書かれ、不鮮明ながらコートを着て脚絆を巻いて左に立っているのが魏拯民としている。香港で発行された写真集『中国抗日戦争図誌』には「抗日聯軍一部在樺甸的野営地」という説明がある。金日成回顧録『世紀とともに』第8巻のグラビアでは、左の魏拯民の姿をカットして、「万端の戦闘準備をととのえる朝鮮人民革命軍の隊員」としている

 

 日本の特務機関の女スパイである池順玉は、1940年6月の第2方面軍の動静ついて、次のように報告している。

 「6月上旬、第2方面軍指揮部金医官以下17名および同軍警衛連等を合わせ、約40名をもって第2方面軍第9団と称し、時々金医官これを指揮し居れるが、団長の氏名は不詳なり。

 6月中旬、安図縣馬鞍山方面において、第1路軍参謀韓仁和の指揮する部隊約80名と合流し、延吉縣長仁江部落に続いて、安図縣西韓屯を襲撃し分散す。

 6月下旬、金日成主力は8団と合流の上、延吉縣倒木溝方面に移動す」(琿春領事館の木内領事報告「機密186号」)

 金日成によれば、敦化縣方面から南下してきた韓仁和は魏拯民の提言だとして、第2方面軍に合流して活動する意向を表明したという(『世紀とともに』第8巻・平壌版7頁)

 そこで金日成は、第2方面軍の編成替えをおこない、「団(連隊)制」をやめて「中隊制」を採用した。この時点で馬徳全が連隊長だった第9連隊は兵力減少のため、警衛旅団に吸収されて第3中隊となったと考えられる。この人事に不満だったためか、馬徳全は7月に関東軍に投降した。

 第1中隊(旧第7連隊)中隊部長 呉白龍(元第7連隊長) 第2中隊(旧第8連隊)中隊部長 孫長祥(元第8連隊長) 第3中隊(旧警衛旅団)中隊部長 畢書文(元警衛旅副官長)

 一方、吉林省樺甸縣の頭道溜河の密営にいた魏拯民は、動けない状態にもかかわらず、関東軍による執拗な討伐と懐柔策によって、壊滅的状況に陥っている第1路軍の現状を分析し、現状を打破するための新たな方針を打ち出したことが、コミンテルン中共代表宛ての報告書(7月1日付)から読み取れる。

 「我らはこの部隊中、小部隊に分かれ、冬期食糧工作をなし、なお部隊内の数年来の遊撃戦闘に負傷したる同志、または年長者らは部隊と同一行動不如意のため、彼らを国境安全地帯に送り、もって部隊の行動を容易ならしめ、もって精神の安定を計り、〈略〉隊内において思想不穏者、身元不確実なるもの、叛変の虞あるものに対しては粛正整理し、もって秋冬期の難局遭遇せし場合、我らの工作を容易ならしむこと」(『思想彙報』第25号)

 文中の「国境安全地帯」がソ連であることは言うまでもなく、傷病者や体力虚弱者をソ連に送ることを、魏拯民は新たに決定したのだった。これは、第1次ハバロフスク会議で、第2路軍と第3路軍が決定した内容と同じ方針だった。第1路軍の新決定をコミンテルンの中共代表に報告すると同時に、魏拯民は麾下の部隊に対しても指示を下した。

 「ソ聨に派遣の方法は、同志たちが直接派送の責任者を指揮して、小部隊活動方式でもってすれば、渡ソ可能なるが、前もって派送人員を選択して速やかに派送すべきなり」(『思想彙報』第25号)

 魏拯民は、「東北抗日連軍第1路軍政治部主任」として署名した「ソ連極東赤軍総司令部諸責任者」宛ての紹介状を同封した第3方面軍参謀長の朴得範宛ての書簡を書き、第15連隊長の李龍雲に預けて、朴得範に届けるよう命じた。

 「われわれが安図と敦化の県境にさしかかったとき、第15連隊長の李竜雲と中隊長の任哲〔任南哲〕が4、5名の護衛兵をともなってわたしを訪ねてきました。〈略〉わたしは李竜雲に、ソ連への新たなルートを切り開く一方、以前から利用してきたルートの正確さと安全性を再確認するよう指示しました。李竜雲は第3方面軍で勇猛をもって知られた連隊長でした」(『世紀とともに』第8巻・平壌版16頁)

 金日成は以上のように書いているが、第3方面軍の第15連隊長に指示できるのは第3方面軍の指揮ないしは参謀長であり、第2方面軍指揮の金日成には指示する権限はない。いずれにせよ、この時点で金日成は「負傷したる同志、部隊と同一行動不如意の年長者らを国境安全地帯に送る」という魏拯民の指令を、李龍雲から文面ないし口頭で受けたと思われる。しかし、金日成はその点には触れず、次のように書いている。

 「林春秋と韓益洙が負傷者と虚弱者を連れてソ連方面へ向かったのは、李竜雲と任哲がソ満国境地帯でルートを切り開いているときでした。心配だった負傷者と虚弱者は無事目的地に行き着きましたが、特使として発った李竜雲は日本軍と交戦して壮烈な戦死を遂げました」(『世紀とともに』第8巻・平壌版59頁)

 金日成は自分が李龍雲を「特使」として派遣したように書いているが、李龍雲は副司令である魏拯民の指令に従って、第3方面軍の朴得範参謀長に書簡を渡した後、コミンテルン宛ての報告書をソ連に届ける使命を帯びていたのである。しかし、9月6日、李龍雲は汪清縣托盤溝において、間島省警務庁の「特捜班員」によって射殺され、その所持品検査のなかから魏拯民の報告書や書簡が発見されたのだった。

 金日成の伝記には他人の戦果を横領したり、他人の行動を剽窃したりしている個所が数多くあり、注意深く読む必要がある。(文・惠谷治)

 (つづく)

 

 

[第1回]白頭山密営での誕生神話(その1)
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/01/post-25.html

[第2回]白頭山密営での誕生神話(その2)
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/01/post-26.html

[第3回]『金日成伝』のなかの生母・金貞淑
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/01/post-27.html

[第4回]母は孤児となり遊撃根拠地に移動
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/01/post-28.html

[第5回]父・金日成と母・金貞淑の出会い
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/01/post-29.html

[第6回]生母・金貞淑のパルチザン部隊入隊(その1)
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/01/post-30.html

[第7回]生母・金貞淑のパルチザン部隊入隊(その2)
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/01/post-31.html

[第8回]生母・金貞淑のパルチザン部隊入隊(その3)
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/01/post-32.html

[第9回]射撃名手とされている金貞淑
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/01/post-33.html

[第10回]3人のジョンスギ(貞淑たち)
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/01/post-34.html

[第11回]地下工作員として任務遂行(その1)
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/01/post-35.html

[第12回]地下工作員として任務遂行(その2)
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/02/post-36.html

[第13回]金日成が金貞淑に与えた金の指輪
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/02/post-37.html

[第14回]「苦難の行軍」に参加した金正日の母
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/02/post-38.html

[第15回]青峰密営での「歯磨き粉毒薬事件」
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/02/post-39.html

[第16回]炊事隊員としての本領を発揮
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/02/post-40.html

[第17回]朝鮮国内で樹木にスローガンを刻む
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/02/post-41.html

[第18回]物資調達のための劉通事誘拐事件
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/02/post-42.html

[第19回]関東軍による治安粛正特別工作
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/02/post-43.html

[第20回]地理的地帯を彷徨する金日成部隊
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/02/post-44.html

[第21回]満洲における金日成の最後の戦闘
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/03/post-45.html

[第22回]ポルノグラフィを散布した関東軍
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/03/post-46.html

[第23回]団(連隊)制をやめ「中隊制」に再編
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/03/post-47.html

[第24回]小部隊活動に変更と告げた小哈爾巴嶺会議
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/03/post-48.html

[第25回]捏造された金日成の魏拯民病気見舞い
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/03/post-49.html

[第26回]コミンテルンからの連絡という創作
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/03/post-50.html

[第27回]独断でソ連領への逃避行を開始
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[第28回]金貞淑とともにソ連に脱出した女性隊員
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[第29回]ソ連への逃避行の途上であげた結婚式
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[第30回]ソ満国境で赤軍に拘束された金日成
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/03/post-55.html

[第31回]新婚夫婦はいつ入ソしたのか(その1)
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[第32回]新婚夫婦はいつ入ソしたのか(その2)
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/04/post-57.html

[第33回]新婚夫婦はいつ入ソしたのか(その3)
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/04/post-58.html

[第34回]新婚夫婦はいつ入ソしたのか(その4)
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/04/post-59.html

[第35回]金日成夫婦に長女がいたという証言
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/04/post-51.html

[第36回]蛤蟆塘(ハマタン)にあった南野営
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/04/post-60.html

[第37回]南野営での記念写真(その1)
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/04/post-61.html

[第38回]南野営で撮影された記念写真(その2)
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/04/post-62.html

[第39回]金日成が率いる第1支隊の満洲越境出撃
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/04/post-63.html

[第40回]北野営に創設された「第88特別旅団」
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/04/post-64.html

[第41回]手記内容を訂正した"金正日の乳母"
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/05/post-65.html

[第42回]弟の出産と混同したハバロフスク誕生説
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/05/post-66.html

[第43回]金貞淑は「過期妊娠」で出産したのか
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/05/post-67.html

[第44回]1941年2月に南野営で出産した金貞淑
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/05/post-68.html

[第45回]1974年の「出生33周年祝賀電文発送運動」
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/05/post-69.html

[第46回]中国における金日成研究の第一人者の証言
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/05/post-71.html

[第47回]遂に暴かれた金正日出生の秘密
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/05/post-72.html

[第48回]追記
http://www.hokkaido-365.com/feature/2006/05/post-73.html

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