第2部 金正日の女性遍歴の真相に迫る
第1章 ロイヤル・ファミリーの女性スキャンダル
[第6回]自宅の庭の池で溺死した弟
左は平壌の金日成宅の自宅で撮影されたものと思われ、左から金日成、金正日、金慶喜、そして右端は金日成の実弟である金英柱。子供たちの背後にいる2人の若い女性は保母たちである。金平日の姿がないことから、1947年7月以降に撮影したものと推定される。右の写真の背後にはプロペラ機があるところから、平壌の飛行場を訪れたときに撮影された金正日のスナップ。撮影年月日は不明
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第1章 ロイヤル・ファミリーの女性スキャンダル
[第5回]器量がよくないといわれた金正日の妹
この2枚の写真は、ソ連第25軍の政治委員だったニコライ・レベジェフ退役少将にインタビューした際、複写させてもらったものである。左の写真の裏には「花津浦にて、1948年8月7日」と朝鮮語で書かれていた。夏休みに江原道花津浦(朝鮮戦争後は韓国領)の休養所を訪れた高級幹部の子弟たちのスナップ写真で、左端がレベジェフ少将の息子アレクサンドル、その右隣が金正日、前列の白い服を着ているのが妹の金慶喜である。右の写真は1948年11月、ソ連進駐軍が撤収する前にソ連軍司令部の幹部夫人たちと記念撮影されたもので、左から許貞淑(文化宣伝相)、朴正愛(後の朝鮮民主女性同盟委員長)、1人おいて金貞淑と金正日。右から2人目がエフドキア・レベジェワ夫人
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第1章 ロイヤル・ファミリーの女性スキャンダル
[第1回]パリ留学中だった金正日の姪の自殺事件
金正日の実妹である金慶喜(左上)の写真は、私が知る限り2枚しか公表されていない。金慶喜は1975年に党国際部に入り、84年には党国際部福部長に就任したが、同時に就任した党国際部長の金容淳党書記と親しく、94年の金日成死去の弔問の際(左下)や、会議場で隣同士に座る(右下)など、金容淳と一緒にいる姿がニュース映像で確認されている。金慶喜の夫である張成沢(右上・共同通信提供)は、94年から党組織指導部第1副部長を務めていたが、03年末前後に失脚し動静が途絶えていたが、06年1月に復権し、現在は首都建設部第1副部長といわれている