2007年6月アーカイブ

第2部 金正日の女性遍歴の真相に迫る

第3章 「子供に恵まれなかった」と嘆いた独裁者

[第77回] モスクワでひっそりと生涯を閉じた金正男の母

 

「ロイヤルファミリー」の系図

金正日の子供は、「できちゃった婚」で洪一天が産んだ長女、「略奪婚」で成☆琳が産んだ長男、父親の勧めで正式に結婚した金英淑が産んだ次女、在日帰国者の高英姫が生んだ三人(次男、三男、三女)の6人が確認されているが、他に愛人たちが生んだ少なくとも3人(多い場合は6人)がいると推定される。(原図製作・惠谷治、デザイン・鍵本博子)

第2部 金正日の女性遍歴の真相に迫る

第3章 「子供に恵まれなかった」と嘆いた独裁者

[第76回] 「子供たちに恵まれなかった」と金正日が嘆いたロシアの旅

 

ホテル・メトロポールの支配人と握手している上機嫌な金正日

左上は金正日が2001年8月7日に投宿したモスクワ中心部にあるホテル・メトロポールのVIPルームの廊下。金正日は1泊2500ドルのVIPルームに泊まったという。メトロポール2階のVIPルームに通じるコンコースの壁には、メトロポールに宿泊した各国の有名人たちの写真が飾られている(右上)。レーニン、スターリン、毛沢東などと並んで、日本人では橋本龍太郎や森喜朗元首相などの写真があった。下の写真は、ホテル・メトロポールの支配人と握手している上機嫌な金正日(いずれも著者撮影)

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第3章 「子供に恵まれなかった」と嘆いた独裁者

[第75回] 金正男に同行していた男児は金正日の隠し子だったのか

 

フランスのパリ7区にあるラエネック病院

フランスのパリ7区のセーブル通り42番地にあるラエネック病院は、17世紀に建設された古い伝統をもつ病院である。この病院では、1992年にパレスチナ解放機構(PLO)傘下の過激派組織PFLPの指導者ジョルジュ・ハバシュや、1993年にはイラン外務相タレク・ハジズを「人道的次元」から極秘裏に手術したことでも知られている。写真はラエネック病院を紹介するPetition Laennecというネットから転載したものである

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第3章 「子供に恵まれなかった」と嘆いた独裁者

[第74回] 金正男の極秘来日は武器代金の集金のためともいわれている

 

1992年の軍事パレードに登場した自走砲と肩撃ち式(携帯用)対空ミサイルSAM16「イグラ」

左上は、1992年の軍事パレードに登場した自走砲だが、その乗員が肩撃ち式(携帯用)対空ミサイルSAM16「イグラ」を担いでいる(写真の黄色矢印)。この軍事パレードで初めて、北朝鮮が旧式のSAM7「ストレラ」ではなく新型のSAM16を保有していることが確認された。右上と下の写真は、ロシア軍が公開したSAM16「イグラ」の貴重なショットである。北朝鮮では、新型のSAM16を国産化して、輸出していることが、金正男の動向から判明している

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第3章 「子供に恵まれなかった」と嘆いた独裁者

[第73回] 金正男の一行はカメラの砲列のなかを歩かされた

 

カメラの砲列のなかを歩く金正男

日本に不法入国した金正男(写真上)を刑事告発せず、通常の強制送還とした法務省(入管当局 )に対して、警察など公安当局は直接取り調べることもできず、第1級の情報を入手できなかった。警 察当局はそうした措置に憤慨し、マスコミに情報をリークした。写真下のように空港でも独自の権限と 判断でマスコミを待機させ、カメラの砲列のなか、金正男を歩かせたのだった。このときの映像によって、 国民の北朝鮮に対する関心が一層高まったといっても過言ではない(写真提供:共同通信)

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第3章 「子供に恵まれなかった」と嘆いた独裁者

[第72回] ドミニカ共和国の偽造旅券で入国しようとした4人の関係

 

国外退去処分となり北京行き全日空機に乗り込む金正男(左)

写真左は、国外退去処分となり北京行き全日空機に乗り込む金正男(30歳)。そして、金正男の妻と供述した「申ジョンヒ(29歳)」と金正男の息子という「金ソル(4歳)」、サングラス姿の「李ギョンヒ(32歳)」は申ジョンヒの親戚と供述したという(写真は共同通信提供)。しかし、子供の手を引いている女性は乳母役の金正男の親類で、サングラスの若い女性は北朝鮮外務省の日本語通訳という情報もある 

人口受精で100万匹の稚ナマコを生育。

 

高橋はるみ知事

写真・記者会見で今年度予算案に「ナマコ資源増大推進事業費」の
計上を発表した高橋はるみ知事

 

第2部 金正日の女性遍歴の真相に迫る

第3章 「子供に恵まれなかった」と嘆いた独裁者

[第71回] 2000年に日米両国を秘密訪問していた金正男

 

ドミニカ共和国発行の「Pang Xiong(パン・シオン)」名義の旅券のコピー(共同通信提供)

ドミニカ共和国発行の「Pang Xiong(パン・シオン)」名義の旅券のコピー(共同通信提供)を見ると、 顔写真(右はコピーを拡大)は金正男に酷似しており、生年月日も金正男の「1971年5月10日」と 一致しており、出生地は「コリア」で、パスポートは2000年4月10日に発行され、有効期限は2006年 4月10日までとなっているのが分かる。供述によれば、パスポートは1通2000ドルで入手したという。パ ン・シオン名義の旅券には、2000年10月3~6日、2000年12月2~9日、2000年12月25~29日の 3回、計17日間にわたり、日本に滞在した証印が押されていた

第2部 金正日の女性遍歴の真相に迫る

第3章 「子供に恵まれなかった」と嘆いた独裁者

[第70回] 金正男が1990年に設立した朝鮮コンピューター・センター

 

米軍の電子・通信情報収集機の内部

在韓米軍は平時においては北朝鮮の電子・通信情報を傍受するのが任務の1つである。韓国軍と在韓米軍は、1976年から大演習「チーム・スピリット」を実施、92年が最後となった。上の2枚は、「チーム・スピリット92」で初公開されたC130輸送機に傍受機器を搭載した米軍の電子・通信情報収集機の内部。左下は韓国に初めて配備された米軍の迎撃ミサイル「パトリオット」を警備する米第8軍の兵士(いずれも著者撮影)。右下は、隠密飛行が可能なステルス戦闘機F117が韓国の群山基地に初配備された際に記念撮影したもの

第2部 金正日の女性遍歴の真相に迫る

第3章 「子供に恵まれなかった」と嘆いた独裁者

[第69回] 金正男はコンピューターとインターネットに通じIT政策を主導

 

金日成総合大学のコンピュータールーム(上)と平壌コンピューター技術大学の学生たち

上の写真は、「探検コム(http://www.tanken.com/kimuniv.html)」というサイトに掲載された金日成総合大学の紹介記事のなかにあり、「世界に誇るコンピュータールーム」という説明がついている。下は「労働新聞」(2004年8月21日付)の「党イルクン(専従活動家)たちは、多方面的な知識を所有した先軍時代の実力家になろう」と題する社説を紹介するNorth Korea Today Newsblog(8月23日付)の記事に添付されている写真で、「平壌コンピューター技術大学で情報技術(IT)の専門教育を受ける学生たち」という説明がある。この日の社説は「党イルクンは現代の科学技術知識を習得すべきであり、情報技術(IT)を学び、コンピューターも扱うことができなければならない」と強調していた

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