2008年4月アーカイブ

第3部 独裁者・金正日権力の源泉

第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化

[第41回] 朝鮮戦争直後の拉致の疑いが濃厚な「特定失踪者」

 

旧労働党庁舎の廃墟(上)と韓国の最北端駅となった月井里駅

朝鮮戦争の激戦地となった鉄原(江原道鉄原郡)は38度線の北側にあり、開戦までは北朝鮮が支配していた。朝鮮戦争で休戦交渉が始まると、交渉に有利な立場を確保するため、鉄原、金化、平康を結ぶ「鉄の三角地帯」と呼ばれる地域で寸土を争う一進一退の戦闘が展開された。休戦協定で軍事境界線は鉄原の北部に引かれたため、現在は「安保観光」として鉄原を訪れることができる。上の写真は、北朝鮮が支配していた1946年、ソ連式工法の無鉄筋コンクリートで建設された旧労働党庁舎の廃墟である。かつてはソウルから元山に向かう鉄道(京元線)が鉄原を通っていたが、現在は分断され、韓国の最北端駅となった月井里駅には戦争当時に破壊された列車が保存されている(下の写真。いずれも著者撮影)

第3部 独裁者・金正日権力の源泉

第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化

[第40回] 1950年代に日本に潜入していた工作員は内務省所属

 

鳥取県境港市に入港した「勝利」号

現在の北朝鮮では、工作船は朝鮮労働党作戦部によって運用されているが、党作戦部の要員である「戦闘員」を養成する金正日政治軍事大学は、独自の「勝利」号という工作船を保有している。拉致被害者の市川修一さんは、日本を往復している「勝利」号の乗組員に、日本製のタバコを買ってきてくれるように頼んでいた姿が目撃されている。日本政府が北朝鮮船舶の全面入港を禁止する経済制裁を発動する以前は、しばしば「勝利」号は貨物船を装い日本各地に入港して、工作員を不法入国させる一方で、中古自転車などを北朝鮮に運んでいた。写真はいずれも、2004年3月9日、鳥取県境港市に入港した「勝利」号を、著者が撮影したものである

第3部 独裁者・金正日権力の源泉

第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化

[第39回] 朝鮮戦争後に組織改編された対南工作機関

 

国際婦人連合代表団の歓迎式典

1925年の朝鮮共産党創設に参加した朴憲永(1900年生まれ) は、京城高等普通学校を卒業後、上海に渡り上海商科大学で学ぶ。女性活動家でピアニストの朱世竹と結婚し、娘(朴ビバ・アンナ)をもうけたが、1931年に離婚。朝鮮解放後、ソウルで朝鮮共産党を再建し、その後北朝鮮に渡り、共和国建国とともに副首相兼外相となった。そして、平壌でロシア名「レナ」というソウル出身の女性と再婚した。左上は結婚披露宴の写真で、左からシュトゥイコフ大使夫妻、金貞淑、金日成、レナ、朴憲永、金△奉、洪命憙。1949年8月、朴憲永(当時49歳)はモスクワに住んでいた娘のアンナ(当時21歳、写真左)を平壌に招待し、再婚したレナ夫人(当時26歳、写真右)とともに記念撮影したものが右上の写真。下は、1951年5月、国際婦人連合代表団の歓迎式典に参加した際のもので、左から鄭愛、許貞淑、金日成、朴憲永。その4年後に朴憲永は処刑された。△はキヘンに斗

第3部 独裁者・金正日権力の源泉

第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化

[第38回] クーデター発覚によって廃止させられた金剛学院

 

朝鮮戦争の休戦協定

朝鮮戦争の休戦協定は1953年7月27日午前10時、板門店に特設された会談場で、国連軍代表のウィリアム・ハリソン中将と中朝軍を代表する朝鮮人民軍総参謀長の南日大将によって調印された。一番上の写真は、国連軍(左)と中朝軍(右)がそれぞれサインしている歴史的場面である。中央と左下は、現在も保存されている調印会場の内部と外観である(1987年に著者撮影)。休戦協定は、最終的に国連軍のマーク・クラーク総司令官が板門店に近い×山で、金日成と中国人民義勇軍の彭徳懐総司令は平壌で署名した。右下の写真は、南日大将が金日成に協定文書を説明し、サインを求めている貴重なショットだが、現在の北朝鮮はこの写真を公表していない(ハリデイ/カミングス共著『朝鮮戦争』より転載)。朝鮮戦争の砲声は、その日の午後10時になってようやく途絶えたのだった。×はサンズイに文

第3部 独裁者・金正日権力の源泉

第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化

[第37回] 朝鮮戦争中にソ連派重鎮の粛清に成功した金日成

 

許哥而の結婚式の日の写真

左上の写真は1947年1月の撮影で、左から金策(44歳)、許哥而(43歳)、金日成(35歳)のスナップ。金策は、朝鮮戦争勃発から半年後の1951年1月31日に戦死したことになっていたが、金日成は回顧録のなかで、金策は執務室で夜を明かした後に心臓麻痺で死亡したと公表した。しかし、練炭によるガス中毒による事故死説や、政治的暗殺説などもある。右上は許哥而の結婚式の日の写真で、左から金△奉、許哥而、許哥而夫人(ニーナ・ペトロヴナ)、金日成夫人(金貞淑)、金日成、許貞淑。下の写真も同じ結婚式当日の写真で、左から、朱寧河、金策、金日成、金△奉、許哥而、許哥而夫人、金△奉夫人、金日成夫人、朱寧河夫人。残念ながら、許哥而の結婚式の年月日は不明である。写真はいずれも『北朝鮮王朝成立秘史』より転載。△はキヘンに斗

第3部 独裁者・金正日権力の源泉

第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化

[第36回] 対日工作員は朝鮮戦争中でも養成され日本に潜入していた

 

きびきびした手信号で車をコントロールする女性安全員

1950年代の内務省や社会安全省は、独自の工作員を養成し、韓国や日本に派遣する積極的な諜報活動をおこなうと同時に、国内の防諜活動も担当していた。しかし、1973年に国家政治保衛部が創設されて以降、社会安全部(1972年に省は部に変更)は通常の警察組織となり、安全員と呼ばれる警察官が刑事事件や交通取り締まりなどを担当している。自動車がほとんど走っていない平壌市内には信号機はあまり多くなく、車をコントロールする女性安全員のきびきびした手信号が平壌名物となっている。青い制服は冬服で、白が夏服である(写真は1987年冬と1991年夏に著者が撮影)

第3部 独裁者・金正日権力の源泉

第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化

[第35回] 国内派(南労党)の牙城だった工作員養成機関「金剛学院」

 

上:「外金剛」の全景、左下:登山コースの出発点、右下:「チュチェの金剛山 金正日」

対南工作員を養成する「金剛学院」の名称は、38度線の北側に聳える朝鮮の名峰「金剛山」に因んだものである。その最高峰の毘盧峰は海抜1649mであるが、観光ツアーでは毘盧峰までは登ることはできず、中腹にある九龍淵と呼ばれる滝までとなる。上掲写真は金剛山観光の登山基地がある温井里から見た「外金剛」の全景である。左下は九龍淵までの登山コースの出発点にあるレストラン。右下は、巨大な岩盤に、「チュチェの金剛山 金正日」と大きな文字が刻まれているのが、登山道から見える(いずれも1987年10月に著者が撮影)

 

第3部 独裁者・金正日権力の源泉

第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化

[第34回] 対南工作を実施した人民軍最高司令部直属の526軍部隊

 

左上:共和国英雄章一式、下:位記、右上:金正日

北朝鮮最高の栄誉である「英雄」称号には、「共和国英雄」と「労働英雄」の2種類がある。「共和国英雄」称号を授与されると、左上写真のような共和国英雄章一式と下の写真のような「位記」が与えられ、同時に「国旗勲章第1級」が授与される。左上写真は、金正日の母親である金貞淑が死後に授与されたもので、首にかける「頸飾」のなかに、「共和国英雄章」、「紐(頸飾と章を連結するもの)」、「国旗勲章第1級」の3点がある。下の写真の「位記」は金貞淑に授与された際のもので、没後23年目の命日前日の日付となっている。1975年2月15日、金正日は34歳(公式には33歳)の誕生日前日に、初の「共和国英雄」称号を授与され、共和国英雄頸飾と国旗勲章第1級、そして共和国英雄章を佩用し、右ポケットの上には金日成バッジを着用している姿が右上の写真である

 

第3部 独裁者・金正日権力の源泉

第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化

[第33回] 朝鮮戦争中に拉致され北朝鮮工作員となった韓国人の証言.

 

朝鮮戦争の推移

第27回で紹介した拙著『朝鮮謀略戦争の読み方』(光文社、1988)にある図版の続き。朝鮮戦争の推移については4つの図版で把握していただきたい

 

第3部 独裁者・金正日権力の源泉

第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化

[第32回] 一時は金日成に対して亡命を勧告したスターリン

 

清城断橋に立つ林昌培教授

中朝国境を形成する鴨緑江には、幾つか橋がかかっているが、北朝鮮の平安北朔州郡と中国の遼寧省丹東市長甸鎮を結ぶ地点には、1942年に完成した「清城橋」がある。清城橋は朝鮮戦争当時に米軍の爆撃を受け、北朝鮮側の半分は橋脚を残して破壊されたままとなっており、現在は「清城断橋」と呼ばれている。1994年7月、中国の吉林大学東北アジア研究院朝鮮研究所の林昌培教授とともに、私は鴨緑江に沿って取材旅行をしたが、林昌培教授は「私が人民義勇軍の兵士として、この橋を渡ったのは、1950年10月22日でした。北朝鮮側に入ると住民たちは白湯を出して歓迎してくれました」と話してくれた。緒戦族出身の林昌培教授は金日成の中国語通訳だったこともあり、北朝鮮の内情に精通しており、私は多くの情報を得ることができた。写真は清城断橋に立つ林昌培教授(著者撮影)

 

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