2008年7月アーカイブ

第3部 独裁者・金正日権力の源泉

第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化

[第71回] 北朝鮮の対南工作活動を在日朝鮮人密輸組織が支援

 

 『朝鮮謀略戦争の読み方』より転載した図版

本図は拙著『朝鮮謀略戦争の読み方』(光文社、1988)に掲載した図版を転載したものであるが、私が初めて韓国を訪れた1967年、そして翌1968年に韓国でゲリラ事件が激増していることが、棒グラフで見ると一目瞭然である。1967年7月に対南事業総局長の李孝淳が粛清されて、対南事業総局が解体され、対南事業総局長よりも大幅な権限のある対南工作担当書記に人民軍総政治局長だった許鳳学中将が任命された。以後、人民軍偵察局の武装ゲリラの南派が頻繁になり、ゲリラ事件が多発したが、1969年1月に許鳳学や偵察局長の金正泰などが粛清されると、ゲリラ事件も急減したのだった

 

市政を監視すべき市議の動向を事前にチェックする市職員。

 

畑瀬幸二氏

写真・畑瀬幸二市議会議長 

第3部 独裁者・金正日権力の源泉

第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化

[第70回] 日本の官公庁を震撼させた総連工作員の「外務省スパイ事件」

 

上の写真は3大陸人民連帯機構執行書記局代表団と会う金日成、下はサダト議長と会う金日成

年表などによれば、金日成は1967年5月にソ連副首相と会談しているくらいであるが、1982年に発行された金日の外交活動をまとめた写真集『親善と団結のために』では、金日成は1967年に2人の賓客と会見している。上の写真は「3大陸人民連帯機構執行書記局代表団と会う金日成(4月)」、下は「エジプト・アラブ共和国民族会議のサダト議長と会う金日成(5月)」である。「3大陸人民連帯機構(OSPAAAL)」は、1966年にアジア、アフリカ、中南米の3大陸82カ国の代表によって設立された、反米組織で、当時の書記長はキューバのオスマニ・シンフェゴスだった。エジプトの副大統領を前年に辞職したアンワル・サダトは、政党「国民会議(民族会議)」の代表として訪朝し、金日成と親しくなった。1970年にサダトは大統領となり、1973年の第4次中東戦争では北朝鮮のパイロットが活躍するほど、エジプトと北朝鮮は緊密な関係に発展した

 

代筆してもらった市議は無難な質問しかできず、"安全パイ"の扱いに。

 

札幌市議会

写真・札幌市議会本会議場

第3部 独裁者・金正日権力の源泉

第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化

[第69回] 半島統一を目指して1967年に再編された第124軍部隊

 

北朝鮮の工作母船

1967年6月3日、韓国軍は江原道三△郡遠徳面の海岸に浸透してきた北朝鮮の工作母船(40トン)を発見し、拿捕した。この工作母船の最大速度は、35ノットだったという。韓国の情報機関には、北朝鮮の工作船に関する資料が膨大にあると思われるが、公表されている工作母船の写真では、私が知る限りで、この写真がもっとも古いものである。△は渉のサンズイがコザトヘン

第3部 独裁者・金正日権力の源泉

第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化

[第68回] 金日成が最高人民会議で言及した韓国内のスパイ組織

 

韓国人女優の崔銀姫氏が収容されていた招待所

上の写真は、1978年に金正日の命令で北朝鮮に拉致された韓国人女優の崔銀姫氏が、到着直後に収容されていた招待所(『闇からの谺』より転載)。下の図は、1977年に北朝鮮に渡った八尾恵氏が到着直後に収容された招待所の間取り図である(『謝罪します』より転載)。北朝鮮では、迎賓館、臨時宿泊所、隔離収容所などの宿泊施設を「招待所」と呼んでおり、北朝鮮全土に無数に存在する。上掲写真と間取り図の招待所は別ものであるが。外観や内部は基本的には同じである。招待所は林のなかにある一戸建てで、外部と接触できないように隔離されており、平屋や2階建てなどがあるが、思想改造用の映写室があるのが特徴である。招待所では「食母(シンモ)」と呼ばれる女性が、食事などの世話をする。工作員は招待所で教官から個人指導を受けるが、教官は通って来ることもあれば、招待所で工作員と共同生活する場合もある

第3部 独裁者・金正日権力の源泉

第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化

[第67回] 粛清騒動で対南事業総局は解体され対南工作担当書記を新設

 

金日成のスナップ

撮影年月日が判明している1967年当時の金日成のスナップ。上段は、5月15日、「わが国人民に年中各種の果物を与えようと、ペクリ果樹園の遠大な設計図を示す」金日成という説明が付いている。中段は、6月13日に「咸興栄誉軍人樹脂日用品工場を訪れ、戦傷栄誉軍人の生活を親の愛で気遣い、革命の花をひきつづき咲かせなければならないと励ます」金日成という説明が付いているが、北朝鮮では「日用品工場」というのは軍需工場の偽装名である。下段は、10月8日に大安電機工場を現地指導する金日成の写真であるが、左の人物と金日成の間が不自然に空いており、修正された跡がはっきりと分かる。金日成に随行し、後に粛清された幹部の姿を消したものと思われるが、影なども不自然で捏造写真であることは疑いない。金日成は1967年当時も、眼鏡をかけたり、かけなかったりしていることが一連の写真から明らかである

第3部 独裁者・金正日権力の源泉

第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化

[第66回] 党中央委員会委員長に代わって党総書記が新設された理由

 

北朝鮮が沈没させたとする警護艦

1995年に朝鮮画報社が発行した『栄光の50年』に掲載された上掲写真には、「1967年1月初、共和国北半部の領海に侵入し、わが方の断固たる反撃をうけ、沈没した敵の警護艦56号」というキャプションが付いている。1967年1月19日

「性的欲求を抑えられない」と女性8人を次々に強襲。

 

札幌南消防署.jpg

写真・札幌市南消防署

第3部 独裁者・金正日権力の源泉

第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化

[第65回] 韓国軍によって初めて捕獲された人民軍偵察局の小型潜水艇


浅瀬に座礁した小型潜水艇

1965年7月5日、韓国のソウル北方の臨津江と漢江の合流点で、浅瀬に座礁した小型潜水艇。この小型潜水艇は韓国軍が初めて捕獲したもので、排水量3トン、3人乗りだった。この小型潜水艇は人民軍偵察局海上処(第448軍部隊)所属と推定されている。写真は、バーミューデッツ著『北朝鮮特殊部隊』より転載

 

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