第3部 独裁者・金正日権力の源泉
第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化
[第101回] 工作員の証言で新たに判明した日本人拉致被害者
党連絡部の工作員だった金東赫氏(仮名)は、平壌曲芸劇場で日本人工作員を目撃したと証言した。「拉致した人を、その人の性質だとかIQ、臨機応変さ、大胆さ、沈着さ、決断力、特殊工作員として持たなければならない典型的な気質があるのかどうかを全部調査する過程で、この人は特殊工作員としての気質があるとされたときは、工作員として選抜するのです。そのときから、専門的な訓練に入ります。1975年8月ならば、調査が一端終わった段階だから、まだ、工作員として使うか、何に使うか分からないが、そのときは、よい待遇をしてやって心の安定をさせる。そういう段階です」と、金東赫氏は語っている。工作員の生活は優遇され、工作員専用の映画館や病院などがあるが、サーカス劇場は専用のものはなかったため、日本人を偶然に目撃することになったのだった。上は、正式には「朝鮮人民軍芸劇場」と呼ばれるサーカス劇場の外観。中段はサーカス劇場の内部で、観覧席は1640席、中央には直径14メートルの円形舞台があり、その上で空中ブランコやアクロバットがおこなわれる。下は、まだ経済困窮が表面化していなかった1970年代、ネオンが輝いていた夜のサーカス劇場の外観
「ある年の夏、私は平壌曲芸劇場でサーカスを鑑賞したことがあります。サーカス劇場には、指導員と3人で行きました。『今回はたくさんの(工作)組が見に来る。そのなかには日本から連れて来たチング(親友)もいるし、南韓現地からの組もいるので、顔が露出しないように注意しろ』と指導員が言いました。私たちの組が最初にサーカス劇場に着いて、見ていると、ボルガやニッサンの車が到着しました。車を見れば、工作員だということは分かります。工作員は服もいいので判別できます。大臣や副大臣はボルガやトヨタに乗っていましたが、ニッサンには乗れなかったのです。ニッサンに乗っていたのは日本人の男で、30歳から40歳に見えました。日本人は服装、髪型、顔などで区別できます。サーカス劇場の観客数は2000人ほどで、指導員の話によれば、4、5組の工作組が一緒に鑑賞するということでした。例えばA組は1階の真ん中、B組は2階の左端、C組は1階の左前方の席といったように配置されていました」
「英雄工作員」の金東赫氏(仮名)は、2008年4月3日、私たちとのインタビューで以上のように語った。私は「救う会」の「拉致の全貌と解決策研究プロジェクト」の一員として、プロジェクト責任者の西岡力氏とともに、金東赫氏から話を聞いたのだった。
西岡力氏は金東赫証言を重視し、9月8日、再度金東赫氏に会い、詳しい聞き取り調査をおこなった。その時の様子はビデオで撮影され、9月15日、「うそと時間かせぎは許さないぞ! すべての拉致被害者をすぐに返せ! 緊急国民集会」において、そのビデオ証言が公開された。
「1975年、8月に平壌曲芸劇場に行ったときです。私たち(金東赫氏と担当指導員)はサーカス劇場にはいるとき、入り口で車を降りて玄関まで歩いていきました。他の工作員たちは玄関まで車に乗っていくが、特別に私たちは入り口から歩いていきました。そのとき指導員が、『日本から入ってきた工作員が今日ここに来るから、接触しないように用心しろ』と指示しました。それで私たちは歩いて入っていくと、少ししてニッサンが1台入ってくるのを見ました。私たちはあそこにいたとき、ニッサンに乗ったことはないです。ソ連製ボルガに乗っていました。党連絡部工作チームごとに割り当てられた車がありますから。ニッサン1台が入ってくるのを見て、『あれだな』と思い見たら、後ろからその人が1人で降りてきました。指導員は前の運転手の横の席に座っていました。後ろから降りたのが、その人です。かなり若く見えました」
西岡力氏は金東赫氏に、持参していた特定失踪者調査会が作成した特定失踪者の顔写真を並べたポスターを見せると、そのなかから萩本喜彦さん(失踪当時35歳)を選び出した。
萩本喜彦さんは、兵庫県の神戸製鋼高砂製作所に勤務していたが、1975年4月4日、夜勤のため自宅から自転車で会社へ向かう途中に失踪していた。しかし、情報が少ないことから、特定失踪者調査会では1000番台ではなく0番台として公開していた。西岡氏から連絡を受けた特定失踪者調査会の荒木和博代表は、萩本喜彦さんの家族を訪ね、ビデオ証言を見てもらうとともに、萩本さんの写真を借りた。それらのうち、「できるだけ違って見える顔」の写真11枚を西岡氏経由で金東赫氏に送って確認したもらったところ、平壌で目撃した人物は、写真の人物に間違いないという回答を得たのだった。
特定失踪者調査会が改めて萩本さんの家族から聞いた失踪当時の状況は、以下の通りである。
「当時は、周辺に家は萩本さん宅を含め2軒しかなく、街灯もなく、真っ暗な人気のない地域であった。失踪した日は、3交代の夜勤であり、定時の9時55分に家を出た。仕事のシフトが同じ同僚(マイカー出勤)とは、家から200メ−トルほどの農道を過ぎた所の交差点信号でいつも追い越されるのだが、当日は目撃がなかった。このことからも、自宅から200 メートルの真っ暗な農道で事件がおこったと思われる。失踪翌日、兄宅に無言電話がある(転居直後で喜彦さん宅は電話帳に掲載していなかった)。義姉が出、『喜彦ちゃんどうしたん』と尋ね、咄嗟に思いつき、『お母さんが心配して倒れ入院した』と言うと電話が切れた。数日して、男からの電話で、『お母さんの病気てほんまか』との電話があり逆に、『喜彦はどこにいるのか』と聞くと、直ぐに切れた。知り合いに頼み、5月3日付神戸新聞に失踪記事を掲載してもらったが、その1ヶ月後の6月に入ってすぐに、年寄りの声で、朝の6時過ぎという非常識な時間に、『家の前で喜彦さんが事故をおこし、私の息子ということにして入院している』との不思議な電話がある。その2、3日後に加古川市尾上町池田に住む女性から同じ内容の葉書が届く。住所を訪ねるが、その女性は存在しなかった。その後、何一つ消息なし」
現在、特定失踪者調査会は萩本喜彦さんが北朝鮮に拉致された疑いが濃いとして、新たに1000番台リストに加えることを検討している。(文・惠谷治)
(つづく)
[第1回]「首相さまのご子息」は異例のスピード出世
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/01/post-171.html
[第2回]金正日の権力基盤として新設された秘密警察
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/01/post-172.html
[第3回]「唯一指導体系」で自分への絶対忠誠を要求した金正日
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/01/post-175.html
[第4回]1975年までの対南工作を「零点」と酷評した金正日
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/01/post-176.html
[第5回]謀略機関を完全掌握し権力基盤を構築した金正日
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/01/post-177.html
[第6回]朝鮮解放から1年足らずで拉致を指令した金日成
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/01/post-178.html
[第7回]「与えられた解放」による「上からの革命」
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/01/post-179.html
[第8回]「金日成将軍歓迎大会」にすり替えられたソ連軍歓迎市民大会
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/01/post-182.html
[第9回]満洲パルチザン派とソ連派が開設した「平壌学院」
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/01/post-183.html
[第10回]金日成が新設した党幹部養成機関「党熱誠者学校」
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/01/post-185.html
[第11回]非業の死を遂げた民族派キリスト教徒の★晩植
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/01/post-173.html
[第12回]北朝鮮臨時人民委員会の委員長に就任した金日成
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/02/post-174.html
[第13回]金日成を北朝鮮の指導者に決めたスターリン
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/02/post-180.html
[第14回]ソ連占領軍が描いたシナリオで動いた金日成
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/02/post-181.html
[第15回]1947年2月、金日成が北朝鮮人民委員会の委員長に就任
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/02/post-184.html
[第16回]朝鮮人民軍の原型が整ったのは解放から2年後だった
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/02/post-187.html
[第17回]2つあった対南工作員を養成する専門教育機関
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/02/post-189.html
[第18回]正規軍は「北朝鮮人民軍」ではなく「朝鮮人民軍」と命名
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/02/post-192.html
[第19回]民族保衛省と内務省に対南工作部署が確立される
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/02/post-194.html
[第20回]北朝鮮の長い国名はロシア語案を誤訳したものである
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/02/post-202.html
[第21回]北朝鮮工作員が最初に日本に潜入したのは1949年
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/03/post-186.html
[第22回]アチソン演説の後に金日成の南侵統一を承認したスターリン
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/03/post-188.html
[第23回]ソ連軍の支援を受けて10個師団に拡充された朝鮮人民軍
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/03/post-190.html
[第24回]米軍介入を恐れる発言で停職処分となった崔庸健民族保衛相
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/03/post-191.html
[第25回]開戦準備が進むなかで展開された「平和的統一」の欺瞞工作
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/03/post-193.html
[第26回]職業軍人でないにもかかわらず前線司令官を務めた金策副首相
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/03/post-195.html
[第27回]開戦初日に部隊間の通信が途絶した朝鮮人民軍
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/03/post-196.html
[第28回]金日成の戦争目的のひとつは50万人の韓国人大量拉致だった
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/03/post-197.html
[第29回]朝鮮戦争当時に大量拉致された韓国人の実態の分析
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/03/post-198.html
[第30回]韓国から拉致した李升基博士は北朝鮮の"核開発の父"となった
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/03/post-199.html
[第31回]朝鮮戦争参戦を決断した毛沢東
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/03/post-200.html
[第32回]一時は金日成に対して亡命を勧告したスターリン
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/04/post-201.html
[第33回]朝鮮戦争中に拉致され北朝鮮工作員となった韓国人の証言
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/04/post-203.html
[第34回]対南工作を実施した人民軍最高司令部直属の526軍部隊
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/04/post-207.html
[第35回]国内派(南労党)の牙城だった工作員養成機関「金剛学院」
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/04/post-209.html
[第36回]対日工作員は朝鮮戦争中でも養成され日本に潜入していた
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/04/post-204.html
[第37回]朝鮮戦争中にソ連派重鎮の粛清に成功した金日成
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/04/post-206.html
[第38回]クーデター発覚によって廃止させられた金剛学院
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/04/post-208.html
[第39回]朝鮮戦争後に組織改編された対南工作機関
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/04/post-210.html
[第40回]1950年代に日本に潜入していた工作員は内務省所属
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/04/post-212.html
[第41回]朝鮮戦争直後の拉致の疑いが濃厚な「特定失踪者」
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/04/post-213.html
[第42回]朝鮮総連の誕生直後に工作員に包摂された在日朝鮮人
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/05/post-214.html
[第43回]国家情報委員会と内閣情報総局は実在していたのか
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/05/post-215.html
[第44回]金日成に対する個人崇拝を史上初めて公然と批判した尹公欽
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/05/post-218.html
[第45回]粛清を繰り返して完成させた金日成の「首領独裁制」
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/05/post-220.html
[第46回]1950年代後半に対南工作を担当した3大機関の実態
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/05/post-219.html
[第47回]北朝鮮に拉致された後に粛清された「入北者」たち
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/05/post-221.html
[第48回]南派工作員が関与していた4・19学生革命の始まり
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/05/post-222.html
[第49回]「赤化統一」を未然に防いだ朴正煕少将の5・16軍事クーデター
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/05/post-223.html
[第50回]1961年9月の第4回党大会以後に誕生した南朝鮮総局
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/05/post-224.html
[第51回]南朝鮮総局の傘下に入った党連絡部、党文化部、党調査部
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/05/post-205.html
[第52回]1950年代半ばに対日工作員の日本潜入方式を確立
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/06/post-211.html
[第53回]戦前に日本で生活した経験者を対日工作員として徴用
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/06/post-216.html
[第54回]対南工作機関は「対南事業総局」と改称されて規模を拡大
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/06/post-226.html
[第55回]社会安全省と人民軍偵察局の対南工作活動も強化された
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/06/post-225.html
[第56回]北朝鮮から届いた写真の人物は加瀬テル子さんだった
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/06/post-217.html
[第57回]潜入工作員が密航者だと警察に偽装自首する手法も登場
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/06/post-228.html
[第58回]工作員のゴムボート使用とピストル武装が初めて確認された能代事件
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/06/post-229.html
[第59回]寺越事件の家族を訪朝時に迎えたのは工作機関の党連絡部日本課長
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/06/post-230.html
[第60回]寺越事件の犯人は清津連絡所のベテラン戦闘員だった呉求鎬
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/06/post-231.html
[第61回]寺越武志さんをかばって抵抗し射殺された寺越昭二さん
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/06/post-232.html
[第62回]1日に2カ所同時に工作船を派遣できるようになった北朝鮮
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/07/post-233.html
[第63回]工作船による潜入状況が具体的に明らかになった神田事件
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/07/post-235.html
[第64回]1964年8月に摘発された韓国の「人民革命党事件」は真相不明
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/07/post-236.html
[第65回]韓国軍によって初めて捕獲された人民軍偵察局の小型潜水艇
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/07/post-239.html
[第66回]党中央委員会委員長に代わって党総書記が新設された理由
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/07/post-234.html
[第67回]粛清騒動で対南事業総局は解体され対南工作担当書記を新設
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/07/post-237.html
[第68回]金日成が最高人民会議で言及した韓国内のスパイ組織
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/07/post-238.html
[第69回]半島統一を目指して1967年に再編された第124軍部隊
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/07/post-240.html
[第70回]日本の官公庁を震撼させた総連工作員の「外務省スパイ事件」
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/07/post-241.html
[第71回]北朝鮮の対南工作活動を在日朝鮮人密輸組織が支援
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/07/post-244.html
[第72回]「青瓦台を襲撃し、朴正煕の首を取れ」と命令された工作組
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/08/post-245.html
[第73回]兵装転換に手間取りプエブロ号救出に間に合わなかったF4ファントム
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/08/post-246.html
[第74回]瀕死の韓国人捕虜の前で自白を強要されたプエブロ号の艦長
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/08/post-248.html
[第75回]金日成に工作員として高く評価された統一革命党の金鐘泰
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/08/post-250.html
[第76回]1度の浸透では朝鮮戦争以来最大規模の蔚珍・三陟侵入事件
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/08/post-242.html
[第77回]在日朝鮮人の大学生も工作船で北朝鮮に渡っていた
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/08/post-243.html
[第78回]朝鮮総連の活動家も工作員教育のため工作船で北朝鮮に
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/08/post-247.html
[第79回]体をゴムボートに縛りつけられて工作船から投げ出された工作員
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/08/post-249.html
[第80回]日本人戸籍を入手し「背乗り」して真正旅券を不正に取得
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/08/post-251.html
[第81回]対南工作の失敗を口実に軍部強硬派を粛清した金日成
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/08/post-253.html
[第82回]日本に密航して大学院修了後にスパイとなった韓国人
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/08/post-256.html
[第83回]工作員教育の一環として1970年代初めまでに取り入れられた海外研修
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/09/post-259.html
[第84回]煙草のチェリーの箱のなかの1本から発見された小さな乱数表
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/09/post-262.html
[第85回]1960年代末の特定失踪者は6人全員が10代後半の青年
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/09/post-252.html
[第86回]1969年11月の会議で日本人拉致の必要性を述べた金日成
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/09/post-254.html
[第87回]北朝鮮に拿捕された韓国漁船の乗組員を工作員として教育
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/09/post-257.html
[第88回]潜入工作員と出迎える在日工作員がトランシーバーで連絡
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/09/post-255.html
[第89回]偵察局の工作員養成機関であることが明らかになった第198軍部隊
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/09/post-258.html
[第90回]高速で逃げ去る際に爆発音に似た巨大な音を出す工作船
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/09/post-260.html
[第91回]佐渡島宿根木の岩陰で工作員の潜入を待ち構えていた捜査員たち
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/09/post-261.html
[第92回]韓国中央情報部(KCIA)を模倣した国家政治保衛部の誕生
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/09/post-263.html
[第93回]人民軍偵察員から党調査部の工作員に移籍された辛光洙
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/10/post-264.html
[第94回]船外機付きゴムボートの侵入が初めて確認された「温海事件」
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/10/post-265.html
[第95回]工作員専用の915病院で目撃された日本人拉致被害者
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/10/post-266.html
[第96回]渡辺秀子さん殺害と子供2人の拉致を指示した女性工作員
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/10/post-267.html
[第97回]訪日韓国人が多数包摂されていた「鬱陵島拠点間諜団事件」
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/10/post-268.html
[第98回]李厚洛KCIA前情報部長の拉致を命じた金日成
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/10/post-269.html
[第99回]遠隔操作で朴正煕大統領を爆殺する装置を新たに開発
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/10/post-270.html
[第100回]在日韓国人を包摂し大統領狙撃犯に仕立て上げた朝鮮総連
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/10/post-271.html
[第101回]工作員の証言で新たに判明した日本人拉致被害者
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/10/post-272.html
[第102回]日本人化教育の教官獲得のため拉致を定式化させた金正日
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/10/post-273.html
[第103回]すべての活動は金正日の「唯一指導体系」に対する忠誠心競争
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/11/post-274.html
[第104回]小泉首相に「特殊機関の一部が恣意的に拉致した」と答えた金正日
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/11/post-275.html
[第105回]帰国して子供たちと再会した後も口を開かない拉致被害者たち
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/11/post-276.html
[第106回]曽我さん親子を拉致した女工作員の弟は有名なバイオリニスト
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/11/post-277.html
[第107回]横田めぐみさん以前に日本人拉致はなかったとする金正日
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/11/post-278.html
[第108回]北朝鮮の説明から読み取る日本人拉致被害者の所属機関
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/11/post-279.html
[第109回]平壌で一時期共同生活をしていためぐみさんと曽我さん
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/11/post-280.html
[第110回]曽我さんと別れたのちに田口八重子さんと同居していためぐみさん
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/11/post-281.html
[第111回]韓国人拉致被害者と結婚し娘をもうけた横田めぐみさん
http://www.hokkaido-365.com/feature/2008/11/post-282.html
[第112回]離婚後は重要な秘密機関に送られたと推測されるめぐみさん
http://www.hokkaido-365.com/feature/cat48/index.html

