役人や議員にしてみれば、橋本勝三郎さんの訪問は、さしずめ「敵機来襲」と言えるのではないか。
小学生時代のあだ名は、米軍爆撃機に自身の呼び名を加えた「B29のかっちゃん」。ガキ大将ながら、弱い者がいじめられると単身で乗り込み、複数を相手にしたという。三つ子の魂百まで、いまも資料満載のかばんを手に単身役所を訪れ、道政、市政の監視を続けている。
1939年、岩見沢市に生まれ、長沼町で育った。今年2月に古稀を迎えたが、旺盛な活動意欲はいまなお健在。公金使途や報酬などをチェック、無駄があれば改善を求めてきた。
外資系シリアル食品メーカー「ケロッグ」に長年勤務、独立した上司の会社に53歳で移ったが、数年後、その会社が倒産した。
転機は知人の一言。交通事故で怪我をした息子の親から「通える授産施設はないか」と相談された。区役所で調べているうちに、障害者のための施設や助成が不足していることを知り、福祉に限らず、行政にはさまざまな問題が山積していることを痛感した。
福祉の問題に直面する家族らと1991年10月、「市民・企業と行政・議会の協働・共生」を理念に、「市民フォーラム北海道」を発足させた。以後、議会を傍聴、道庁や札幌市役所に足を運び、議員、職員から情報を収集してきた。
道の不正経理・官官接待発覚後、道民や札幌市民のため、議会の取り組み、審議する政策内容などをチェックする目的で、95年、北海道市民オンブズマン連絡会議を立ち上げた。
「情報開示は改革の源泉」を旗印に、行財政改革や天下り問題に目を光らせてきた。公益情報の共有化、自治体の不正・不当行為を監視、是正するため、政党や宗教団体などの「ひもつき支援」は受けず、手弁当で活動を続ける。
統一地方選の直前には、道議や市議立候補予定者にアンケートを実施、議員の海外視察自粛、議員報酬の削減、費用弁償支給の改定を申し入れなど、血税である税金の使い方をことあるごとに指摘してきた。
以下、後編に続く。(文・東)


