衆院選で民主党が歴史的な勝利を収めることが確定した。民主党代表・鳩山由紀夫が、北海道初の宰相に就くことも確実。
鳩山は衆院選公示前の段階で、9月15日からニューヨークで始まる国連総会に首相として出席する意向を示した。首相を指名する特別国会は、憲法の規定によって衆院選から30日以内に召集しなければならず、逆算すれば、9月中旬までには新政権が発足する見通しだ。
鳩山に関する報道は、政治資金管理団体「友愛政経懇話会」の"故人献金"発覚、さらには日増しに高まる民主党政権誕生の可能性とあいまって公示前から急増した。
それでも、東京・文京区音羽の「鳩山会館」(通称・音羽御殿)で育った鳩山が、北海道4区(現・北海道9区)から出馬した経緯は、ほとんど報じられていない。
鳩山家の富を象徴する「鳩山会館」は、1955年の自由党と日本民主党による保守合同の舞台として知られ、現在は一般公開されている。当主の鳩山一郎がこの洋館を建てたのは、関東大震災の翌年のことだった。
鳩山の曽祖父は、元衆議院議長の和夫。祖父・一郎は、自民党初代総裁にして元首相。父・威一郎は、ブリヂストン創業者・石橋正二郎の長女・安子と結婚、大蔵次官、元外相などを務めた。鳩山や弟の邦夫が、政界サラブレッドと言われるゆえんである。
とはいえ、元首相の中曽根康弘は、鳩山が日ごろ口にする「愛」や「友情」を「(すぐに溶ける)ソフトクリームみたいな話」と揶揄、民主党代表選の公開討論会では党総務会長だった横路孝弘から「やや宇宙人的」と評されるなど、その言動は必ずしも容易に理解できるものばかりでない。
毛並みの良さなのか、あるいは「宇宙人」なればこそか。
いずれにしても鳩山は、ほかの政治家ならば口にするのもはばかるはずの「友愛」「王道」「無私」「政治は愛」など抽象的な言葉を臆面もなく発し続けてきた。中でも「友愛」は、選挙演説でこそ聞かれなかったものの、その代表格だ。
友愛の"ルーツ"は友愛革命。その提唱者は、リヒャルト・クーデンホーフ・カレルギー。父はオーストリア駐日公使だったハインリッヒ・クーデンホーフ・カレルギー、母は骨董店の娘・青山光子。リヒャルトは映画「カサブランカ」に登場した男性ラズロのモデルとされる人物。
著書の「汎ヨーロッパ」で"欧州合衆国"の創設を唱えたリヒャルトは、ナチスのオーストリア侵攻によって祖国を追われ、米国に逃げたものの、汎ヨーロッパ主義が欧州連合構想につながり、「EUの父」とも呼ばれている。
リヒャルトの著書「自由と人生」を翻訳した一郎は、「国家が人間のために存在する」ことの原点を友愛とする主旨に共鳴、「友愛青年同志会」を設立した。一郎の友愛運動に賛同した吉川昭一は北海道で初の支部をつくり、その息子・貴盛は威一郎と邦夫の秘書を経て、国会議員となった。
鳩山は専修大助教授を務めていた84年、中選挙区時代の北海道4区(胆振、日高、空知管内)から出馬を決意。86年の衆参同日選挙に自民党公認で立起、初陣を飾った。
旧4区内の栗山町には農家が点在する「鳩山地区」(人口136人、49世帯 2005年10月1日現在)がある。地区内には現在も「鳩山川」「鳩山池」「鳩山神社」など、鳩山家縁の名称が残っている。
71年に発行された「栗山町史」には「地名は弁護士、衆議院議長、早稲田専門学校長の鳩山和夫の経営する農場があったことから鳩山と名付けられた。この地は明治27年(1894)に鳩山和夫と北村萩右衛門、つづいて29年に松平基則が未開地を貸下出願し、それぞれ翌年から開墾に着手している」(抜粋)と記載されている。
鳩山が衆院選に出馬した10年前、すでに邦夫は旧東京8区で初当選を飾っていた。こうした経緯から、鳩山は先祖縁の「鳩山地区」のある旧北海道4区から出馬したのだろうか。
3カ月前、室蘭の鳩山由紀夫事務所では、出馬の経緯を次のように説明した。
「父の威一郎氏は大蔵事務次官を務めていた時から、三枝三郎代議士と親交がありました。引退を決めていた三枝代議士は、由紀夫氏が政治家としての志を持っていることを聞いて後継者に決めたと聞いています。鳩山地区に土地を持っていた鳩山和夫氏が住民に土地を譲り、譲り受けた人々が鳩山神社を建て、今日まで守っていただいています。三枝代議士の後継として出馬したのであり、選挙区に神社があったことが理由ではありません」
室蘭市出身の三枝は、旧内務官僚を経て、64年に町村道政の副知事に就任。自民党代議士・南條徳男の引退後に地盤を引き継ぎ、72年の選挙で初当選。運輸政務次官などを務めたが、83年の落選を機に政界の引退を表明した。
三枝の後継となった鳩山は、小選挙区比例代表並立制が導入された96年以降も連続当選を果たし、北海道初の首相として近く首班指名されることになる。(文中敬称略 文・東)
写真・左上から時計回りに鳩山神社本殿、威一郎謹書の社標、神前灯篭


