2002年に道路運送法が改定され、新規参入が自由化されたタクシー業界。札幌交通圏(札幌、江別、石狩、北広島)では、規制緩和によって供給過剰となり、さらには運賃値上げや景気の後退で客離れが加速している。各社は自主的な減車に取り組んでいるものの、売り上げ低迷に歯止めはかからず、運転手の収入もダウンする一方だ。
こうしたさなか、先月22日、全国でタクシー事業を展開する大手「エムケイ」(本社・京都)が札幌交通圏で営業を開始した。
札幌市白石区に営業所を構える「札幌エムケイ」(平山功社長)の初乗り運賃は、札幌交通圏で最も安い550円。運転手は制服・制帽を着用し、客の乗降時に車から降りてドアを開閉するなど、サービス面でも既存の業者と一線を画す。さらに同社は1年以内に450台まで増車する計画を打ち出している。ただでさえ"青息吐息"の地元業者にとって、さらなる増車は死活問題だ。
地元66社と個人タクシー2団体が加盟する「札幌ハイヤー協会」(加藤欽也会長)は、札幌エムケイが事業許可を申請中だった今年2月、北海道運輸局を相手取り、事業許可と運賃認可の差し止めを求め、札幌地裁に提訴した。
提訴後の会見で加藤会長は「エムケイの低運賃は運転手の犠牲の上に成り立っている」などとエムケイの経営体質を批判。名指しされた札幌エムケイも協会に公開質問状を送るなど、"黒船来襲"は内外に波紋を拡げた。
協会は提訴と同時に、差し止め訴訟の判決が確定するまで許認可しないことを求める仮差し止め申請を行ったが、札幌地裁は却下。札幌エムケイが3月27日に道運輸局から事業許可と運賃認可を受けたため、協会は「差し止め」を「取り消し」に切り替えて訴訟を継続している。
写真:ススキノのMKタクシー専用乗り場
札幌ハイヤー協会の加藤欽也会長に、エムケイ"来襲"について聞いた。
--協会はエムケイの新規参入を巡り、道運輸局に訴訟を起こしたが、改めて提訴の主旨とエムケイ参入に反対する理由を伺いたい。
加藤 規制緩和後にタクシーが急増したのとは逆に、景気の悪化で利用者は右肩下がりだ。1日当たりの売り上げは大きく落ち込み、運転手の年収も悪化した。平均年収は1990年の約470万円をピークにどんどん落ちており、現在は300万円を切っている。提訴の主旨は、エムケイを排除したいということではなく、道運輸局に運転手の生活を守るため、これ以上、札幌交通圏にタクシーを増やすわけにはいかないということだ。(今年1月に)福岡でエムケイの事業許可が出た以上、法律的に間違いなく札幌でも許可されることがわかった。新規参入についてはエムケイに直接訴訟を起こすような話ではないので、道運輸局に対して許可の仮差し止めを申し立てるほかに方法がなかった。
下限割れ運賃で参入するエムケイに、不況で疲弊している札幌交通圏の利用者を根こそぎ持っていかれる危機感はあった。1年以内に450台に拡大するという計画も我々にとっては大変な脅威だ。しかし、交通産業は安ければいいという事ではなく、安全・安心を担保するための適正なコストも見なければならない。運転手自身が安心して働いていける職場でなければならいという意味では、下限割れ運賃での参入は、いたずらに過当競争を招くだけではないかということで反対し、提訴した。
--提訴後の記者会見で加藤会長は、「エムケイの低運賃は運転手の犠牲の上に成り立っている」といった発言をされたが、具体的にはどういうことか。
加藤 全国でエムケイの賃金体系にからむ裁判が起きていることから、会見で「エムケイの低運賃は運転手の犠牲の上に成り立っている、という疑義があるのでそれを晴らすための訴訟でもある」というような言い方をした。エムケイに対してはこの疑義を明確にして同じ土俵の上で競争しませんかという気持ちがある。
エムケイから送られたてきた公開質問状の中には、しっかりと勤務をすれば30万円の売り上げで25万円の給料が支払われるとしている。そうすると一般的には差し引き5万円の利益の中で燃料代や車両の償却費、非乗務員の給料を出さなければならない。そうした負担を5万円の中で収めるのは不可能だ。売り上げが70、80万円となれば可能だが、いまの札幌交通圏では頑張っても30万円を売り上げるのがやっと。市場の中で、エムケイの安い運賃と良いサービスに対し、お客さんが歓迎する部分はある思う。だが今の札幌交通圏で、ほかのタクシーの倍の売り上げを上げられるかはいささか疑問だ。
--裁判に負けた場合はどうするのか。
加藤 負ける負けないにかかわらず、訴訟によって今の状態でこれ以上の増車、新規参入はいらないということを周囲に理解を求めていきたい。通常、許可の取り消しは社会的に何か大きな問題がある場合以外はなかなか難しく、訴えのハードルが高いというのは理解している。しかし、運転手の生活と自分たちの業界を守るため、弾き飛ばされるのがわかっていてもドン・キホーテ的に頑張りたい。一審で負れば控訴する予定。あきらめずに最後まで裁判を継続していきたい。裁判をすることで多くの人にタクシーの今の実態を知ってもらいたい。
--2002年の規制緩和以降、札幌交通圏ではどのくらいタクシーが増え、現在の総台数は何台になっているのか。
加藤 2002年は5,571台(個人タクシーを含む)だったが、08年には1,200台増えて6,771台(同)となった。協会で自主的な減車を進めたので現在は微減している。
--供給過剰に加え、景気の後退で売り上げはどのくらい落ちたか。また、実車率とドライバーの平均年収は。
加藤 景気が急速に悪化した昨秋以降、1カ月の1台あたりの売り上げは前年同月比の15~20%減少している。08年度の業界の総売り上げは、前年度から約49億円(8.7%)ダウンした。08年の実車率は月平均31.4%、28%台まで落ち込んだ月もあった。運転手の平均年収は、各社それぞれの給与体系があるので正確な数字ではないが、昨年は270万円前後と見ている。今年は景気後退の影響から250万円を下回ることも予想される。このままいくと我々が守らなければならない最低賃金を割る恐れもある。
規制緩和以降、業界の売り上げは落ち込み、運転手の賃金は底まで達している。タクシーの運転手は高齢者が多い。これは年金受給者や子育てが終わった人、あるいは独身男性などしかタクシー運転手として生活できないことを示している。エムケイのサービスはすごいと思うし、安い運賃もお客さんにとっていいと思う。だが、運転手の生活が困窮している以上は、既存の業者の増車や新規参入などはどこかでストップをかけて、景気の動向を見ながら考えていくべきだ。
今回の場合、マスコミはどちらかというとエムケイが良くて既存の業者が悪いというような捉え方をしている。ただ、既存の業者が努力してこなかったというわけではなく、エムケイほどのサービスではなくとも、しっかりとしたドアサービスや接客をするという努力は続けてきたという自負はある。
後編に続く。(ききて・糸田、写真・糸田)
■加藤欽也(かとうきんや) 1952年、札幌市生まれ。75年、日本大学卒業。79年、昭和交通株式会社に入社、91年から同社社長に就任。06年4月から札幌ハイヤー協会会長を務め、同年5月から北海道ハイヤー協会会長を兼任。


