「取り調べした刑事は許せない」 足利事件の菅家利和さんが「大地塾」に登場

鈴木宗男、佐藤優、松山千春氏らと冤罪について語り合う。 

 

菅家利和さん

写真・菅家利和さん

 

 「栃木県警の本部長は丁寧に私に謝りました。本当に優しそうな本部長でしたから、私も許してやろうと思いました。しかし、私を取り調べた2人の刑事はその場に出てこなかった。この2人を私は許す事はできない」

 足利事件の冤罪被害者・菅家利和さんは、7月31日に札幌市内で開かれた新党大地の勉強会「大地塾」で、心境をそう語った。

 足利事件は1990年5月、栃木県足利市のパチンコ店から女児が行方不明になり、近くの河川敷で遺体となって発見された殺人事件。菅家さんは、事件の容疑者として91年12月に逮捕、起訴された。裁判は1審、2審ともに無期懲役の判決、2000年7月に最高裁が上告を棄却したため刑が確定し、菅家さんは千葉刑務所に服役した。

 栃木県警が菅家さんを逮捕した決め手は、当時、犯罪捜査に導入されたばかりのDNA鑑定と本人の自白だった。周知のように今年5月、DNA再鑑定によって菅家さんのDNAと遺留物のDNAが一致しない事が判明した。6月4日、菅家さんの刑は執行停止され、逮捕から17年6カ月ぶりに釈放された。

 「大地塾」には、講師として菅家さんの2審から足利事件を担当した佐藤博史弁護士、元外交官で作家の佐藤優氏が参加した。新党大地の鈴木宗男代表、歌手の松山千春氏ともに足利事件や冤罪について語り合った。

 佐藤博史弁護士は「栃木県警は菅家さんを約1年間尾行したが、菅家さんが幼女に接触するなどの行動は一切なかった。DNA鑑定については当時も信憑性が低いとされており、県警は菅家さんを任意同行する際、令状もなかった。菅家さんの自白がなければ逮捕状がとれないような事案だった。菅家さんは釈放から1カ月で少しずつ社会的生活ができるようになってきたが、17年以上拘束されていたため、はじめはトイレの水がセンサーで出ることもわからなかった。足利事件のようなあり得ない冤罪が起きるほど日本の捜査機関や司法はおかしくなっている」と述べた。

 外務省関連の国際機関に対する背任などの罪に問われ、今月、懲役2年6カ月(執行猶予4年)の有罪判決が確定した佐藤優氏は「私が逮捕されたとき、検察官から『鈴木宗男を引っ張るための国策捜査だ』とはっきり言われた。鈴木先生と私の事件は、検察が勝手にストーリーを作ったもの。日本では起訴する権限は検察だけにある。つまりこの国では、犯罪かそうでないか決めるのは検察だ。足利事件に関しても検察がかなりずさんだった」と指摘した。

 菅家さんは「警察の取り調べはきつかった。『お前がやった』、『早く吐いて楽になれ』などと責められ、身体を揺さぶられたりして、疲れてしまいやりましたと言ってしまった。(裁判の冒頭陳述で)罪を認めても裁判官はすべてわかってくれるだろうと信じていた」と当時の心境を吐露した。

 最後に、鈴木代表が「菅家さんは脅されて、小突かれて罪を着せられた。冤罪をなくすためには、取り調べの全面可視化が必要。被疑者はもちろん、参考人として取り調べを受ける人の可視化もされなければならない。新党大地は次の衆院選で全面可視化を公約に入れた。冤罪のない公正、公平な社会ため、皆さんに声を上げてもらいたい」と支援を呼び掛けた。(文、写真・糸田)

 

鈴木宗男氏写真・鈴木宗男新党大地代表

 

会場写真・大地塾には約500人が訪れた

 

佐藤博史氏

写真・佐藤博史弁護士

 

佐藤優氏写真・佐藤優氏

 

松山千春氏.jpg写真・松山千春氏

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