童謡「赤い靴」ゆかりの地・函館に少女の像が完成

モデルの少女・岩崎きみと母・かよの惜別の地。

 

「赤い靴」の少女像

写真・西波止場に建立された「赤い靴」の少女像

 

 野口雨情作詞の童謡「赤い靴」のモデルとされる少女のブロンズ像が、函館市末広町の西波止場に完成した。

 函館は、「赤い靴」の少女と母親が別れたというゆかりの地。地元有志で組織する「はこだて赤い靴の会」(宮崎衛会長)が子供たちの健やかな未来を願い、昨年から像の建立を計画していた。

 「赤い靴」を履き、バッグを手にした少女のブロンズ像は台座を含め高さ約1.6メートル。函館出身でローマ在住の彫刻家、小寺真知子さんが制作した。傍らには「赤い靴」の歌碑も設置した。会は制作費1500万円をまかなうため、ミニチュア像の販売と募金活動を続けてきた。
 
 同会によると、モデルとなった少女・岩崎きみ(1902ー11年)は、静岡県で生まれ、1歳の時に母親のかよとともに函館に移住した。その後、母親は留寿都村に入植するため、病弱だったきみを米国の宣教師夫妻に預けた。きみは宣教師夫妻と米国に渡る予定だったが、結核が悪化し、東京の孤児院でわずか9歳の短い生涯を終えた。母親は最後まで娘の死を知らなかったという。

 雨情は札幌や小樽で新聞記者として働いた経験がある。札幌時代の同僚に、きみの母親の結婚相手・鈴木志郎がいた。雨情は夫妻から聞いた少女の逸話をもとに、童謡「赤い靴」を作詞したとされている。

 像が建立された末広町は、母子が2年余り暮らしたという思い出の地で、きみが旅立った函館港を一望する。道内には母親が入植した留寿都村や晩年を過ごした小樽にも像があるものの、母と子の別れの地・函館こそ、ゆかりが深いと言えないだろうか。

 「『きみちゃん』の像を通して、親と子のきずなや命の大切さを考えてもらいたい。少女が持つバッグには愛と希望と夢が託されています」(同会)

 西波止場には建立されたばかりの少女の像を一目見ようと市民や観光客が訪れ、早くも函館観光の新しい顔として人気を集めている。(文、写真・武智)

 

 

傍らに建てられた歌碑

写真・傍らに建てられた歌碑

 

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